基本沈み気味の地味日記
2010
…といってもサイトのお話ではなくて、今日もハイジの話。すみまっせーん!!
隠しますのでどぞスルーしてくださいませ。
来週の月曜からファミ劇でまた始まるってゆーし、またまたDVDBOXは発売されるし、スカパー見られる環境の方はよかったらぜひ一度ごらんになってみてくださいvわはは。
場面構成宮崎駿、演出高畑勲、コンテ富野由悠季(当時は「喜幸」)ってありえない豪華スタッフですよー
アルプスの少女ハイジ リマスターDVD-BOX
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自分以外の人が「アルプスの少女ハイジ」のことをどんな風に知ってるかまるでわかんないので、手探りで話をすすめますがごめんなさい。
大人になってあらためてハイジを見る以前の自分…が、だいたい一般的な理解度だと思ってるんですがどうかな。
(主要登場人物と、だいたいのストーリーは知ってる。あとは名場面。「クララが立ったー!」ととろけるチーズ、干し草のベッドなどなど…)
「ハイジ」というお話を見ていて、まず驚くのはその妄想シーンの多さです。
ハイジという子は何かにつけて空想をします。それもかなりリアルな手触りを持った、「夢見がち」というのでは片付けられないガチ妄想。
フランクフルトで暮らしている間は特に激しく、何かにつけてアルムの山を連想しては、気がつけばテーブルに乗っかって踊っていたりすることも!
ロッテンマイヤーさんどころか、クララですらその時はどん引きです。
他の特徴についても同じことが言えるのですが、「夢見がちな少女」という可愛らしいキャラ付けをしているわけではない…というスタッフさんの意図を感じる描写です。
私も以前は勝手に誤解していたんですが、実際このハイジというのは天真爛漫な良い子ちゃんというわけではないんですよ決して。もちろん、だからと言って悪い子として描かれているわけじゃないですよ。名作劇場ですもんね。
言い方は悪いけど、とことん空気の読めない子ちゃん。
感情の起伏もすごく激しく、冗談抜きで躁うつ病レベルです。
雄大なアルプスの自然の前ではあまり目立たなかった問題行動ですが、フランクフルト編では、見ていて「なんでそーなるの?!」と歯がゆいくらいの奇行が繰り広げられます。
山ではこうだった…という、自分のそれまで培ってきた行動パターンを頑として変えられないのは、意固地というより不器用、もっと言えば病のように思います。
例えば、ハイジは食事に出た白パンを、いつかペーターのおばあさんに食べさせてあげるために、タンスにたくさん貯めこむわけです。
でもねでもね、ハイジだってそれまでパンを食べてきたわけだから、「日が経てばパンは傷む」ってことを、知らないわけがないと思いません?それなのに白パンを見たらおばあさんにそれを持ってかえることしか考えられなくなるなんて。
また別の時にはクララのお父さんに冷たい水を一杯くれと頼まれて、ハイジは冷たい水を求め、何十分もかかる遠くの水のみ場まで行ってしまいます。「だってこの家の水はあんまり冷たくなかったんですもの」
それだって、前後の会話を聞いていれば、そんなことが求められていないことは明白なのに、ハイジにはもう「冷たい水」しか頭になくなってしまってるんです。
これってどれも高機能自閉症の特徴ですよね。
夢遊病になるほど何事も思いつめる気質、それから山へ帰ってから後も、クララの話をきっかけにフランクフルトでの日々がフラッシュバックして泣き出したり。
当時そんな言葉はなかったけど、アスペルガーとか、発達障害は間違いないと思います。
おそらく幼少時から他人に預けられて育ったせいで、満足な情操教育がされてこなかったのが原因と思われます。これもハイジの回想ですが、山へ来る前預けられていたおばあさんの愛情のなさ、ハイジへの関心のなさがしっかりと描写されています。
情操教育っていうと違うかな、もっともっとそれ以前の情緒面精神面での訓練がされていないって感じです。
ただ悪意があるわけじゃないので、相性の合う人にはそれを面白がられたり許してもらえたりするわけです。クララって理解者と出会えたのがハイジの幸運でした。(残念ながらどうしようもなく合わなかったのがロッテンマイヤーさん。あの人今見たらそれほど意地悪じゃないからね!)
それに、初対面の時点でこっち来るなオーラをぷんぷん放ってるおじいさんを全く意に介さないなんてことができたのも、そういう性質ならではと言えます。
やがてハイジは主人公の役割をクララに譲りわたすことになります。
ほんとほんと。クララが山へ来てからのハイジはどんどん存在感をなくしていくんですよ。
さらにクララが歩く練習を始めてからは、「いつ歩けるの?もう歩ける?もっと練習して早く立ってよー」…とわからずやの子供を戯画化したようなことに。
でも、そうでなければ、一生懸命努力しているのにそれでもままならないクララに向かって「クララのバカ!」ってあのセリフは言えなかったかもしれません。
結果的にはおかげでクララが立つあの有名なシーンにつながるわけで、それでこそ「ハイジ」の物語は感動のうちに終われたわけで、
ということは何もかもがラストシーンをこのように描く為に必要な演出だったのかと、そこでもまた思いしらされるのです。
これこのように、ほのぼのの皮をかぶった人間ドラマ。しかも全てが結末へ向けて意味をもってくる緻密な構成。計算なのか、神様のいたずらなのかはわかりませんが、こと主人公のキャラクターひとつをとってみても、こんなに解釈しがいのあるお話はなかなかないと思います。
というわけで、使い古された謳い文句ですが、これこそ大人にこそ見てもらいたい作品。
興味もたれたらぜひともご覧になって確かめてみてください。
つーかハイジ話につきあってー!誰か私と語りましょうよう~。
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